3社目のスタジオを退職します

日記

捨てる神あれば拾う神あり。

そんなこんなで3社目に5月下旬から入ってここまでやってきました。

立身出世を合言葉にとかく一生懸命に働いてまいりました。しかしながらこの制作進行職においてそれは「出来なかった」という結論に至りました。

なにがどうなった

とどのつまり、今月をもって退職し、制作進行職から完全に離れる決断をしました。

勤務経験1社目で発症したうつ(状態)を何とかごまかしつつ、制作進行職1社目をやっていましたが、たびたび(同じような)ミスをするということが起こっていました。もともと忘れっぽいにしても作業を丸ごと亡失するというのはちょっと異常です。

でも何とか軽減してるところまで行けたかなと思ったこと、それと収入の限界が見えていたことから2社目中堅のスタジオに移りました

しかしながら、体調が悪くなることは変わらず、さらにザルの記憶力と本質をとらえられてない作業手順の記憶がつまるところ2社目で活かすことが出来ず、最初から最後まで介護レベルの仕事しかできなかった。そのため、25年4月をもって雇止めという結論に至った

3社目はどうだった?

最初から病状と憂慮すべきことについては伝えたうえで5月に入って8月頃まで業務委託、それ以降は正社員として勤務する予定で動いた。

でも急に自分マターになった作品をうまく動かせず、次の作品についてもほとんど何もできていないというべきであるほど、進行に対し補助が必要になっていました。

結局、作品が本格的に動く前に辞める決断をした方がいいという考えに至り、代表へ相談する運びとなった。

2社目を退職時にもう制作進行職はできないから離れる、という気持ちになっていたところを拾ってもらったので、まだもう一回再挑戦という心持ちで始めたものの、転居しても、仕事が動き始めても何も手につかないというのは変わりなかったので、やりたい職ではあったものの、限りなく向かない仕事でありすべきでない仕事の一つ、そういうことが分かったのだと思う。

いろんなお寺や神社でお願いして回ったけどこれは多分「休みなさい」という神託なのかもしれない。

これからどうするか

やっていて楽しいというかうまく動かせるなら好きな仕事ではあったので、未練のようなものもありますが、先ずはゆっくり休養をとって、次は四方に集中力を発散させる必要のない仕事に付けたらいいなと思います。

4年半前の自分へ

後悔というものはあまりないけど、あなたの向いている仕事は何か、もう少し考えられたらよかったね。ずっと持ち続ける悔しさはあると思いますが、あなたの決断は決して、無駄ではなかったと思っています。

活かすつもりがあれば無駄にはならない、それだけは確かです。

ゆっくり休んで、しっかり治して、もう一度イチから再始動をする。

その難しさを知り過ごした月日、これだけは忘れずに生きていける。そう信じています。

幸いに職歴というものが出来たので、これからその実績を軸に動きます。

「できないのは、まだやってないから」

がんばって。

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